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南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~ウルグアイのコロニア・デル・サクラメントの歴史的町並み・チリのチロエの教会群・ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群・ラパ・ヌイ国立公園・パラグアイのラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群・ボリビアの古都スクレ・ノエル・ケンプ・メルカード国立公園・ポトシ市街~





南米 世界遺産 チリ ウルグアイ パラグアイ ボリビア

南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア

「南米諸国には、マチュピチュ、イグアス国立公園、ガラパゴス諸島など数多くの世界遺産が点在していますね。」
「はい。」

「ガラパゴス諸島と言えば、ガラパゴス諸島は、東太平洋上の赤道下にあるエクアドル領の諸島である。Islas Galapagos は「ゾウガメの島」という意味で、スペイン語でゾウガメを意味する galapago からきている。正式名称はコロン諸島(スペイン語: Archipielago de Colon)で「コロンブスの群島」を意味する。行政面ではガラパゴス県にある。約2万5124人(2010年統計)が居住し、主要言語はスペイン語。」

「イグアス国立公園と言えば、イグアス国立公園はブラジルとアルゼンチンの両国にまたがる広大な自然公園で、パラグアイとも国境を接している。大小無数の滝からなるイグアスの滝は世界遺産にも登録されている。」

「マチュピチュと言えば、マチュ・ピチュは、アンデス山麓に属するペルーのウルバンバ谷(英語版)に沿った高い山の尾根(標高2,430m)に所在する、15世紀のインカ帝国の遺跡である。山裾からは遺跡の存在は確認できないことから、しばしば「空中都市」「空中の楼閣」「インカの失われた都市」などと雅称される。一方、遺跡の背後に見える尖った山はワイナ・ピチュ (若い峰)で、標高2720m。山頂には神官の住居跡とみられる遺跡があり、山腹にはマチュ・ピチュの太陽の神殿に対する月の神殿が存在する。」

「アメリカ大陸だけでも、世界遺産は数百種類ありますよ。」
「そうなんですか。」

「その中でも、前述の三カ所はきわめて人気の高い世界遺産ですよ。」
「そうなんだ。」

「「世界遺産なんてぜんぜん知らないし、行く気もまったくない」という方でも、知っている三カ所ではないでしょうか。」
「そうですね。」

「アメリカ大陸の南部エリアは、驚くほど肥沃な大地と、まばゆいばかりの豊穣な自然環境がどこまでも広がっているスポットですね。」
「はい。」

「「大自然って虫や動物がいるから、観光するのはちょっと…」と思っているような人でも、その奥深い魅力に触れれば、たちまち観光したい気分になるはずですよ。」
「はい。」

「少しでも興味のある方は、南米の世界遺産を知ってほしいと思います。」
「わかりました。」

「南米諸国には、「マチュピチュ」、「イグアス国立公園」、「ガラパゴス諸島」などの三カ所の世界遺産がありますね。」
「はい。」

「これらのスポットは、誰でも知っている場所ですね。」
「はい。」

「しかし、この世界遺産を保有する国名をパッと答えられる方は、なかなかいないのではないでしょうか。」
「そうですね。」

「この三カ所は、ペルーにある「マチュピチュ」、アルゼンチンにある「イグアス国立公園」、エクアドルが国をあげて保護している「ガラパゴス諸島」ですよ。」
「そうなんだ。」

「エクアドルと言えば、エクアドル共和国、通称エクアドルは、南アメリカ西部に位置する共和制国家である。北にコロンビア、東と南にペルーと国境を接し、西は太平洋に面する。本土から西に1,000km程離れたところにガラパゴス諸島(スペイン語ではコロン諸島:Archipielago de Colon)を領有する。首都はキト。」

「アルゼンチンと言えば、アルゼンチン共和国、通称アルゼンチンは、南アメリカ南部に位置する連邦共和制国家である。西と南にチリ、北にボリビア・パラグアイ、北東にブラジル・ウルグアイと国境を接し、東と南は大西洋に面する。ラテンアメリカではブラジルに次いで2番目に領土が大きく、世界全体でも第8位の領土面積を擁する。首都はブエノスアイレス。」

「ペルーと言えば、ペルー共和国、通称ペルーは、南アメリカ西部に位置する共和制国家である。北にコロンビア、北西にエクアドル、東にブラジル、南東にボリビア、南にチリと国境を接し、西は太平洋に面する。首都はリマ。」

「そのすべてが、南米に集まっていますよ。」
「はい。」

「南米で有名な世界遺産でさえ、なかなか国名が出てこないのですよ。」
「はい。」

「ここでご紹介する世界遺産は、その名前さえ聞いたことが無い方が多いかも知れませんね。」
「そうなんですか。」

「南米諸国のウルグアイ、チリ、パラグアイ、ボリビアの世界遺産をご紹介します。」
「お願いします。」

「ボリビアと言えば、ボリビア多民族国、通称ボリビアは、南アメリカの共和制国家である。国の面積はアメリカ大陸では8番目に、世界的には27番目に大きい国である。かつてはより広大な国土面積を有し太平洋沿岸部にも領土があったが、周辺国との戦争に負け続けたために現在では最大時の半分ほどになってしまった。北と東をブラジル、南をアルゼンチン、南東をパラグアイ、南西をチリ、北西をペルーに囲まれた内陸国である。憲法上の首都はスクレだが、議会をはじめとした政府主要機関はラパスにある。」

「パラグアイと言えば、パラグアイ共和国、通称パラグアイは、南アメリカ中央南部に位置する共和制国家である。東と北東をブラジル、西と北西をボリビア、南と南西をアルゼンチンに囲まれている内陸国である。首都はアスンシオン。」

「チリと言えば、チリ共和国、通称チリは、南アメリカ南部に位置する共和制国家である。東にアルゼンチン、北東にボリビア、北にペルーと隣接しており、西と南は太平洋に面している。首都はサンティアゴ・デ・チレ。」

「ウルグアイと言えば、ウルグアイ東方共和国、通称ウルグアイは、南アメリカ南東部に位置する共和制国家である。北と東にブラジルと、西にアルゼンチンと国境を接しており、南は大西洋に面している。スリナムに続いて南アメリカ大陸で二番目に面積が小さい国であり、コーノ・スールの一部を占める。首都はモンテビデオ。」

「ウルグアイには「コロニア・デル・サクラメントの歴史的街並み」、チリには「ハンバーストーンとサンタ・ラウラ硝石工場群(危機遺産)」、パラグアイには「ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群」、ボリビアには「ポトシ市街」などの世界遺産がありますよ。」
「いろいろありますね。」

「硝石と言えば、硝石は、硝酸塩鉱物の一種である。化学組成は KNO3(硝酸カリウム)、結晶系は斜方晶系。火薬、染料、肥料など窒素を含む化学物質が必要な製品の原材料として、歴史的に用いられてきた。」

「ポトシと言えば、ポトシは、ボリビアの南部にある都市である。ポトシ県の行政府所在地。ボリビアの首都ラパスから南東に約 440 km に位置する。アンデス山脈中の盆地にあり、標高約 4,000 m。人が住む都市としては、世界最高地点である。乾燥気候であるために植生には乏しい。」

「ヘスース・デ・タバランゲと言えば、ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群は、パラグアイにあるユネスコ世界遺産の登録物件名である。2013年の第37回世界遺産委員会終了時点では、パラグアイ唯一の世界遺産である。パラグアイのイエズス会伝道所群は、17世紀から18世紀に南アメリカ大陸各地に築かれた先住民のキリスト教化のための小規模集落群の一環である。」

「ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナと言えば、ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群は、パラグアイにあるユネスコ世界遺産の登録物件名である。2013年の第37回世界遺産委員会終了時点では、パラグアイ唯一の世界遺産である。パラグアイのイエズス会伝道所群は、17世紀から18世紀に南アメリカ大陸各地に築かれた先住民のキリスト教化のための小規模集落群の一環である。」

「サンタ・ラウラと言えば、ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、チリ北部にある硝石(チリ硝石)精錬所群の遺跡である。これらは2005年にユネスコの世界遺産に登録されると同時に、危機遺産にも登録された。ハンバーストーンとサンタ・ラウラは、チリ北部のタラパカ地方、アタカマ砂漠にある町イキケの東方 48 km に位置している。」

「ハンバーストーンと言えば、ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、チリ北部にある硝石(チリ硝石)精錬所群の遺跡である。これらは2005年にユネスコの世界遺産に登録されると同時に、危機遺産にも登録された。ハンバーストーンとサンタ・ラウラは、チリ北部のタラパカ地方、アタカマ砂漠にある町イキケの東方 48 km に位置している。」

「コロニア・デル・サクラメントと言えば、コロニア・デル・サクラメントは、ウルグアイ南西部コロニア県の県庁所在地である。ラプラタ川沿いにあり、対岸にはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスがある。ウルグアイで現存する街では2番目に古い。2004年の統計では人口21,714人。」

「皆さん、ご存じの遺産がありましたか?」
「いいえ、ありません。」

「もし名前すら知らない遺産でも、それらの遺産の魅力を知ってくださいね。」
「はい。」

「肥沃な大地がどこまでも広がっているというだけあって、インパクトの強いロケーションの世界遺産をいくつもかかえていますよ。」
「はい。」

「ガラパゴス諸島などの進化論の形成に深く影響したスポットは、ヨーロッパにはなかなかありませんよ。」
「そうですね。」

「ヨーロッパと比較すると、教会もやや少なく、色々と違いがありますよ。」
「はい。」

「世界中を旅行することを考えている方は、ヨーロッパの世界遺産とアメリカ大陸の世界遺産を是非比較してほしいと思います。」
「わかりました。」

「南米諸国の中には、かなり暑い国もありますね。」
「はい。」

「病弱な方などが行くと、体調を崩しやすいかも知れませんよ。」
「はい。」

「その分、陽気な雰囲気の国ばかりですね。」
「そうなんだ。」

「気分がふさいでいる方なども、思わず元気になってしまうかも知れませんよ。」
「はい。」

「一方、南アメリカは、日本よりもずっと犯罪が多いですよ。」
「そうなんだ。」

「旅をする時には、何かと気をつけなければならないことがありますよ。」
「どういうことですか。」

「森に近いような地域へ行くと、置き引きも多くなりますよ。」
「はい。」

「人さらいも出るので、お子さんをお連れの方は、はぐれないように十分に注意を払わなければなりませんよ。」
「そうなんだ。」

「世界遺産を案内してくれるガイドさんなども、一見すると誠実そうに見える方でも、かなり危険な人物であったり、俗に言う「ぼったくり」のようなことをしてくる人もいますよ。」
「はい。」

「なるべく信用できる方に、依頼するのが得策ですよ。」
「わかりました。」

「トイレの環境がまったく整ってない国がたくさんありますよ。」
「そうなんですか。」

「必要な方は、携帯用のビデや胃腸薬などを持って行かれることをおススメします。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~ウルグアイのコロニア・デル・サクラメントの歴史的町並み~

「皆さんは、南米にある「コロニア・デル・サクラメントの歴史的街並み」という世界遺産をご存じですか?」
「いいえ、知りません。」

「コロニア・デル・サクラメントと言えば、コロニア・デル・サクラメントは、ウルグアイ南西部コロニア県の県庁所在地である。ラプラタ川沿いにあり、対岸にはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスがある。ウルグアイで現存する街では2番目に古い。2004年の統計では人口21,714人。」

「この世界遺産は、1995年にユネスコの世界遺産に指定されましたよ。」
「はい。」

「この文化遺産は、アルゼンチンのブエノスアイレスからほど近い場所の観光名所ですよ。」
「はい。」

「アルゼンチンのブエノスアイレスと言えば、ブエノスアイレスは、人口289万人(2010年)を擁するアルゼンチンの首都である。どの州にも属しておらずブエノスアイレス自治市とも呼ばれる(なお、1880年の首都令以来、ブエノスアイレス州の州都はラ・プラタ市である)。ラ・プラタ川に面しており、対岸はウルグアイのコロニア・デル・サクラメント。大ブエノスアイレス都市圏の都市圏人口は1,312万人であり、世界第20位である。建国以来アルゼンチンの政治、経済、文化の中心である。」

「アルゼンチンと言えば、アルゼンチン共和国、通称アルゼンチンは、南アメリカ南部に位置する連邦共和制国家である。西と南にチリ、北にボリビア・パラグアイ、北東にブラジル・ウルグアイと国境を接し、東と南は大西洋に面する。ラテンアメリカではブラジルに次いで2番目に領土が大きく、世界全体でも第8位の領土面積を擁する。首都はブエノスアイレス。」

「「コロニア・デル・サクラメントの歴史的街並み」と名付けられているだけあって、「コロニア・デル・サクラメント」の町並みの周辺一帯が世界遺産として包括されていますよ。」
「そうなんですか。」

「見所は何と言っても、時代錯誤な建築物とそれらを包む異国のムードですね。」
「はい。」

「きわだって目立つような建物こそありませんよ。」
「はい。」

「美しくレトロな雰囲気が魅力的なこの街の中には、かつての面影を感じさせる歴史的建造物が何軒も点在していますよ。」
「はい。」

「ウルグアイの街の中で二番目に古い街ですよ。」
「そうなんだ。」

「ウルグアイと言えば、ウルグアイ東方共和国、通称ウルグアイは、南アメリカ南東部に位置する共和制国家である。北と東にブラジルと、西にアルゼンチンと国境を接しており、南は大西洋に面している。スリナムに続いて南アメリカ大陸で二番目に面積が小さい国であり、コーノ・スールの一部を占める。首都はモンテビデオ。」

「「こんな建物をまだ使っているの?」と驚いてしまうような建物も中にはありますよ。」
「はい。」

「そんな古い建築物の中では、現在も二万人ほどの人々が生活していますよ。」
「はい。」

「「コロニア・デル・サクラメントの歴史的街並み」の中には、喫茶店やレストラン、雑貨屋さんなどが豊富に点在していますよ。」
「そうなんですか。」

「休憩できるスポットが、しっかり用意されていますよ。」
「はい。」

「世界遺産の周辺は、宿が充実していなかったり、交通手段が少ないが為に迷子になってしまうようなスポットも多々ありますよ。」
「そうなんだ。」

「「コロニア・デル・サクラメントの歴史的街並み」の場合は、そのようなことはないので、安心して観光しましょう。」
「わかりました。」

「観光客が押し寄せるような街ではないので、ゆっくり落ち着いて観光できますよ。」
「はい。」

「世界遺産の中でも、特に落ち着いたムードが広がっている街ですよ。」
「はい。」

「「あまり騒がしい世界遺産はちょっと…」と食傷気味の方に、おススメかも知れませんね。」
「わかりました。」

「なお、この世界遺産は半日もかからない内に、すべてのスポットを回ることが出来ますよ。」
「そうなんですか。」

「色々な場所を一日かけて回ろうと思っていても、この世界遺産の場合は「えっ、もうこれで終わり!?」とビックリしてしまうほど、早く攻略できてしまいますよ。」
「そうなんだ。」

「じっくり観光できる場所を求めている方は、他の世界遺産とセットで観光するのがおススメですね。」
「はい。」

「もちろん、見所がまったくない訳ではありませんよ。」
「はい。」

「街が小さくて観光しやすいということですね。」
「そうなんだ。」

「歩き回りたくない方や、すぐに疲れてしまうような年頃のお子さんを連れている方には、この「コロニア・デル・サクラメントの歴史的街並み」のような世界遺産がちょうど良いかも知れませんね。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~チリのチロエの教会群~

「チロエの教会群は、南米チリの首都・サンティアゴの南約1000キロメートルにある、ロス・ラゴス州の州都・プエルト・モンの南西55キロメートルの海上に浮かぶチロエ島にある世界遺産ですよ。」
「はい。」

「チロエ島と言えば、チロエ島は、チリのロス・ラゴス州にある大きな島である。面積は8,394平方kmで、チリの島ではフエゴ島に次いで広く、南米でも5番目に広い島。チロエ島とその周辺の小島で構成されるチロエ諸島の主島である。」

「ロス・ラゴス州の州都プエルト・モンと言えば、プエルトモントは、チリ南部にある都市で、ロス・ラゴス州の州都である。人口は17万5938人(2002年推定)。チリ南部の港湾都市。チリ本土とチロエ島によって東西を囲まれた太平洋の入り海の最奥部、レロンカビ湾の湾奥に位置する。 1853年建設され、ドイツ系移住者の入植によって発展した町で、現在もドイツ的色彩が色濃く残っている。」

「ロス・ラゴス州と言えば、ロス・ラゴス州=X州(第十州)は、南アメリカ大陸チリ共和国の南部にある州である。州都はプエルトモント。州名のロス・ラゴスとは、スペイン語で湖という意味。チロエ島がこの州に属している。」

「南米チリの首都サンティアゴと言えば、サンティアゴ・デ・チレ、通称サンティアゴ は、チリ共和国の首都である。チリ中央の盆地に位置し、首都機能を有するが、国会はバルパライソにある。人口は466万8473人。近郊を含む都市的地域の人口は580万人と世界第48位であり、南米有数の世界都市である。」

「チロエと言えば、チロエ島は、チリのロス・ラゴス州にある大きな島である。面積は8,394平方kmで、チリの島ではフエゴ島に次いで広く、南米でも5番目に広い島。チロエ島とその周辺の小島で構成されるチロエ諸島の主島である。」

「チリと言えば、チリ共和国、通称チリは、南アメリカ南部に位置する共和制国家である。東にアルゼンチン、北東にボリビア、北にペルーと隣接しており、西と南は太平洋に面している。首都はサンティアゴ・デ・チレ。」

「プエルト・モンは、開放的な港町ですよ。」
「はい。」

「神秘的なエメラルドグリーンの水をたたえたレロンカビ湾に面していますよ。」
「そうなんだ。」

「レロンカビ湾と言えば、プエルトモントは、チリ南部の港湾都市で、チリ本土とチロエ島によって東西を囲まれた太平洋の入り海の最奥部、レロンカビ湾の湾奥に位置する。」

「夏でもひんやりとした風が南から吹きつけ、澄み切った空気が街全体を覆っていますよ。」
「はい。」

「この世界遺産のあるチロエ島は、東西50キロメートル、南北250キロメートルの大きな島ですよ。」
「はい。」

「歴史的にも文化的にも、長い間チリ本土から孤立していましたよ。」
「そうなんだ。」

「現在も、チリ本土とは異なる独特な自然・文化・生活に触れることができますよ。」
「はい。」

「島では漁業が盛んで、シーフードが格安で味わえることも魅力ですね。」
「そうなんだ。」

「港で海藻を干しているのどかな光景もよく見られますよ。」
「はい。」

「建築としては、プエルト・モンでよく見られるウロコ状の板壁が見られますよ。」
「はい。」

「この島のものは、形も色も様々なバリエーションがありますよ。」
「そうなんですか。」

「小さい町を軽やかに彩っていますよ。」
「はい。」

「特に、パステルカラーのかわいい家が目立ちますよ。」
「はい。」

「チロエの教会群は、カストロ等北東部に点在しており、現在では159棟が現存していますよ。」
「そうなんですか。」

「カストロと言えば、カストロはチリ南部チロエ島にある都市で、行政上はロス・ラゴス州チロエ県に属していて、チロエ県の県都でもある。カストロはチリで創設から現在まで続いている街の中では3番目に古い街である。」

「そのうち、16の教会が世界遺産として登録されていますよ。」
「はい。」

「元々は、16世紀頃、島にやってきたイエズス会宣教師が布教活動のために建築したものですよ。」
「はい。」

「「チロエ様式」と呼ばれる、ゴシック様式やバロック様式等のヨーロッパの様式と、土着の様式が混ざり合った独特の板壁で知られていますよ。」
「そうなんですか。」

「バロック様式と言えば、バロック様式は、16世紀から18世紀初頭にかけてヨーロッパ各国に広まった美術・建築・文化の様式である。曲線や楕円が多く用いられ、豪華な装飾が特徴。建築では、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂やフランスのベルサイユ宮殿が代表的。」

「チロエ様式と言えば、チロエ様式とは、主にチロエ島周辺に見られる独特の建築様式である。チロエは、島という性質上チリ本土から孤立していることと、島では本土と異なる資材が手に入ることから、典型的なスペインのコロニアル様式とは多くの点で異なった独特の建築様式が生まれた。」

「島では、チリ本土とは異なった資材が手に入りますよ。」
「はい。」

「そのため、チロエの教会群はとてもユニークな佇まいになりましたよ。」
「はい。」

「チロエの教会群の中では、特にカストロの中央広場に面して建つ「サン・フランシスコ教会」が有名ですよ。」
「そうなんだ。」

「カストロの中央広場に面して建つ「サン・フランシスコ教会」と言えば、サン・ フランシスコ教会は、サンティアゴ市の旧市街地に建つ暗赤色の教会で、チリで保存されているもののうちで最も古い歴史的意義の深い教会である。フランシスコ会派の教会で、修道院も併設されていた。内部は極めてシンプルな作りで、聖人フランシスコを題材とした宗教画などが展示されている。」

「外側をトタンで覆い、内部は木をふんだんに使っていますよ。」
「はい。」

「この広場には、チロエ名産のウールのセーターやショルダーバッグ、リキュールなどを売っている民芸品市場もあり、お土産に最適ですよ。」
「はい。」

「港を眺めながら安くて美味しいシーフードが味わえる食堂も並んでいますよ。」
「そうなんだ。」

「ウニやカニ、鮭や貝など種類も豊富ですよ。」
「それはいいですね。」

「日本人としては、食事を楽しむだけでも大満足できるレベルですよ。」
「はい。」

「夏には、この港からチロエ島周辺の小さな島々をめぐるクルーズツアーも出ますよ。」
「はい。」

「この世界遺産・チロエの教会群に行く手段は、プエルト・モンからのバスが便利ですよ。」
「そうなんですか。」

「バスごとフェリーに乗って行きますよ。」
「はい。」

「日帰りも可能ですが、せっかくなのでカストロの宿に一泊することがおススメですね。」
「はい。」

「教会どうしはかなり離れた場所にあるので、ツアーの利用が便利ですよ。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~チリのハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群~

「ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、南米チリ北端のタラパカ州の州都である太平洋岸の港町イキケの東45キロメートル、アタカマ砂漠縁辺部に位置する世界遺産ですよ。」
「はい。」

「硝石と言えば、硝石は、硝酸塩鉱物の一種である。化学組成は KNO3(硝酸カリウム)、結晶系は斜方晶系。火薬、染料、肥料など窒素を含む化学物質が必要な製品の原材料として、歴史的に用いられてきた。」

「アタカマ砂漠と言えば、アタカマ砂漠は、チリのアンデス山脈と太平洋の間にある砂漠である。全体の平均標高は約2,000mにも達し、その過酷さからアタカマ砂漠への道は「死への道」と恐れられた。砂漠内にはオアシスがあり、東西交易の拠点としてアンデス山脈と沿岸を結んでいる。」

「南米チリ北端のタラパカ州の州都である太平洋岸の港町イキケと言えば、イキケは、チリ北部にある都市でタラパカ州の州都である小港湾都市である。市域人口(2004年)221,400人。イキケ地域には、紀元前7,000年以上前から人類が居住していたことは判明している。西洋人によって発見されたのは16世紀の事である。」

「南米チリ北端のタラパカ州と言えば、チリ北部、第一州(タラパカ州)かつてチリの最北の州でしたが、数年前に新しくアリカ・ プリナコタ州が設立されたため、現在は上から2番目の州となっています。」

「ハンバーストーンと言えば、ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、チリ北部にある硝石(チリ硝石)精錬所群の遺跡である。これらは2005年にユネスコの世界遺産に登録されると同時に、危機遺産にも登録された。ハンバーストーンとサンタ・ラウラは、チリ北部のタラパカ地方、アタカマ砂漠にある町イキケの東方 48 km に位置している。」

「チリと言えば、チリ共和国、通称チリは、南アメリカ南部に位置する共和制国家である。東にアルゼンチン、北東にボリビア、北にペルーと隣接しており、西と南は太平洋に面している。首都はサンティアゴ・デ・チレ。」

「イキケは、19世紀に内陸部から豊富に産出する硝酸塩の積み出し港として繁栄した街でしたよ。」
「そうなんだ。」

「硝酸塩と言えば、無機化学において、硝酸塩は、1個の窒素原子と3個の酸素原子からなる硝酸イオン NO3- を持つ塩である。食物、特に野菜から得られる硝酸塩は消火器で亜硝酸塩に変換され、魚に多い2級アミンと反応し、ラットなどの小動物実験では発がん性をもつニトロソアミンを生成するという。」

「特に、硝酸塩の産出が盛んだった19~20世紀半ばには、チリには硝石工場が300もありましたよ。」
「たくさんあったんですね。」

「中でも、ハンバーストーンにはチリの他、ペルー、ボリビアから流れて来た労働者たちが独自の共同体文化を築きましたよ。」
「はい。」

「ボリビアと言えば、ボリビア多民族国、通称ボリビアは、南アメリカの共和制国家である。国の面積はアメリカ大陸では8番目に、世界的には27番目に大きい国である。かつてはより広大な国土面積を有し太平洋沿岸部にも領土があったが、周辺国との戦争に負け続けたために現在では最大時の半分ほどになってしまった。北と東をブラジル、南をアルゼンチン、南東をパラグアイ、南西をチリ、北西をペルーに囲まれた内陸国である。憲法上の首都はスクレだが、議会をはじめとした政府主要機関はラパスにある。」

「ペルーと言えば、ペルー共和国、通称ペルーは、南アメリカ西部に位置する共和制国家である。北にコロンビア、北西にエクアドル、東にブラジル、南東にボリビア、南にチリと国境を接し、西は太平洋に面する。首都はリマ。」

「ここで産出された硝石は、火薬や化学肥料の原料になる重要な鉱物資源ですね。」
「はい。」

「アメリカからヨーロッパまで、世界中に輸出されましたよ。」
「そうなんだ。」

「この町は好景気で賑わい、ヨーロッパ風の住宅、学校、教会、劇場等の洒落た建物が建ち並びましたよ。」
「はい。」

「しかし、1929年、フリッツ・ハーバーが考案し、カール・ボッシュが実用化したアンモニア合成により化学肥料生産が可能となったことを機に、硝石の価値は暴落しましたよ。」
「はい。」

「カール・ボッシュと言えば、カール・ボッシュ(1874年8月27日 -1940年4月26日)はドイツの化学者、工学者である。ドイツのケルンで生まれ、シャルロッテンブルク工科大学(現:ベルリン工科大学)と、ライプツィヒ大学(1892年から1898年まで)で学ぶ。1899年にBASFで研究を開始した。1908年から1913年までフリッツ・ハーバーと共にハーバー・ボッシュ法の開発を行った。第一次世界大戦の後、高圧化学を用いて、ガソリンやメタノールの合成の研究を続けた。」

「フリッツ・ハーバーと言えば、フリッツ・ハーバー(1868年12月9日- 1934年1月29日)は、ドイツ(現在のポーランド・ヴロツワフ)出身の物理化学者、電気化学者である。ユダヤ人であるが、洗礼を受けユダヤ教から改宗したプロテスタントである。空気中の窒素からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法で知られる。第一次世界大戦時に塩素を始めとする各種毒ガス使用の指導的立場にあったことから「化学兵器の父」と呼ばれることもある。」

「実質的に破産した工場群を1934年にコサタン社が買い取りましたよ。」
「そうなんだ。」

「コサタン社と言えば、アンモニア、硝酸の合成化学工業の発達で、チリ産硝石の需要は激減し、実質 的に破産した両工場群は1934年にコサタン社が買収した。コサタンは元の創設者の名を冠 し、ラ・パルマをサンティアゴ・ハンバーストーン事業所と改称しました。」

「工場の名前を「サンティアゴ・ハンバーストーン事業所」と改称しましたよ。」
「はい。」

「サンティアゴ・ハンバーストーン事業所と言えば、アンモニア、硝酸の合成化学工業の発達で、チリ産硝石の需要は激減し、実質 的に破産した両工場群は1934年にコサタン社が買収した。コサタンは元の創設者の名を冠 し、ラ・パルマをサンティアゴ・ハンバーストーン事業所と改称しました。」

「コサタンはハンバーストーンの設備を新しいものにし、競争力のある自然硝石の生産を試みましたよ。」
「はい。」

「それは一旦成功し、1940年には最も成功している硝石工場となりましたよ。」
「そうなんだ。」

「しかし、その繁栄は長続きしませんでしたよ。」
「はい。」

「コサタン社は1958年に姿を消し、鉱山も閉鎖となり、労働者たちは町を去っていき、打ち捨てられたハンバーストーンは、そのままゴーストタウンと化しましたよ。」
「はい。」

「この労働者たちが築いた独自の共同体文化や、産出した硝石がもチリにたらした利益等の歴史的意義が評価され、ハンバーストーンの工場や住宅、学校、教会、劇場等当時の姿をとどめる街の遺構全体が、近くのサンタ・ラウラの硝石工場とともに、「ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群」として、世界遺産登録を受けましたよ。」
「そうなんだ。」

「木造であることに由来する建物の脆弱性や資材の盗難・地震の影響などを理由として、世界遺産登録と同時に危機遺産にも登録されていますよ。」
「そうなんですか。」

「廃墟ですが、近くに土産物屋もあって活気があり、廃墟のイメージとしては異質な感じがする世界遺産ですよ。」
「はい。」

「この世界遺産・ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群に行く手段は、イキケからのツアーが便利ですよ。」
「はい。」

「チリの首都サンティアゴからイキケに行くには、1日3~4便のフライトがありますよ。」
「そうなんだ。」

「南米チリの首都サンティアゴと言えば、サンティアゴ・デ・チレ、通称サンティアゴ は、チリ共和国の首都である。チリ中央の盆地に位置し、首都機能を有するが、国会はバルパライソにある。人口は466万8473人。近郊を含む都市的地域の人口は580万人と世界第48位であり、南米有数の世界都市である。」

「長距離バスの利用も可能ですよ。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~チリのラパ・ヌイ国立公園~

「ラパ・ヌイ国立公園は、南米チリの海岸から3700キロメートル、タヒチから4100キロメートルの地点にある「イースター島」の一部をさす世界遺産ですよ。」
「はい。」

「イースター島と言えば、イースター島は、チリ領の太平洋上に位置する火山島である。現地語名はラパ・ヌイ。正式名はパスクア島で、"Pascua"は復活祭(イースター)を意味する。日本では英称で呼ばれることが多い。モアイの建つ島である。ポリネシア・トライアングルの東端に当たる。周囲には殆ど島らしい島が存在しない絶海の孤島である。」

「タヒチと言えば、タヒチ島は南太平洋フランス領ポリネシアに属するソシエテ諸島にある島である。首都はパペーテ。面積1,048 平方km、人口約17万人(2002年推計)。南太平洋有数のリゾート地として知られる。冒険家ヘイエルダールの逸話や、画家ゴーギャンが晩年移り住んだ島としても有名。かつてオタハイト島とも呼ばれた。」

「ラパ・ヌイ国立公園と言えば、ラパ・ヌイ国立公園は、チリの本土から太平洋へ西に約3,700km沖に浮かぶイースター島にあるチリの国立公園である。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。ラパ・ヌイは、先住民の言葉で大きい島という意味である。イースター島に残るモアイ像が有名である。モアイは約900体が残っているがその殆どは、16世紀から17世紀に起きた部族抗争で破壊されてしまった。」

「チリと言えば、チリ共和国、通称チリは、南アメリカ南部に位置する共和制国家である。東にアルゼンチン、北東にボリビア、北にペルーと隣接しており、西と南は太平洋に面している。首都はサンティアゴ・デ・チレ。」

「ラパ・ヌイ国立公園というと、少々聞きなれない感じですよ。」
「はい。」

「英語名のイースター島としては有名で、モアイ像を想起される方も多いでしょう。」
「そうなんだ。」

「モアイ像と言えば、モアイはチリ領イースター島にある人面を模した石造彫刻のことである。島の海に面したアフーと呼ばれる高台に、多くの場合海に背を向けて多数建てられている。大きさは3.5m、重量20トン程度のものが多いが最大級のものは20m、重量は90トンに達する。島で産出される凝灰岩でできており、建造中に放置されたものも含め約1000体ある。現在アフーに立っている約30体のモアイは、すべて近代以降に復元されたものである。水中のモアイ像も存在する。」

「この南太平洋にポツンと浮かぶこの島に、どうやって人が渡り、それがどんな民族だったのか、又、何故モアイ像を造ったのか等、今も分かっていないことが沢山ありますよ。」
「はい。」

「ラパ・ヌイ国立公園は、そんなとても神秘的な世界遺産ですよ。」
「はい。」

「この島は、沢山名前を持っていますよ。」
「そうなんですか。」

「1888年にチリ領になった時に「イスラ・デ・バスクア」というスペイン語の名前がつきましたよ。」
「はい。」

「それを英語にすると「イースター島」ですよ。」
「そうなんだ。」

「1722年のイースター(復活祭)の日に、この島にたどり着いた、オランダ人がつけた名前ですよ。」
「はい。」

「しかし、現地の島民は、「ラパ・ヌイ」と呼んでいますよ。」
「そうなんですか。」

「1995年には、この島の一部が「ラパ・ヌイ国立公園」として世界遺産に登録されましたよ。」
「はい。」

「この世界遺産のシンボルとも言えるモアイ像は、小さなものは1.13mメートルから、大きなものは21.6メートルまで、波に削られてただの石のように見えるものや、倒れっぱなしのもの、切り出し途中のものも含めて約1000体もありますよ。」
「たくさんありますね。」

「この島で最も大きい集落は、島の南西部、空港近くのハンガ・ロア村ですよ。」
「はい。」

「ハンガ・ロア村と言えば、人口4000人のハンガ・ロア村のメインストリートはアタム・タケナ通りとテ・ピト・オテ・ヘヌア通りの交差するあたり。民宿や食堂、スーパーなどが並んでいる、島唯一のにぎやかな通りだ。島の歴史を知るためにもぜひ訪れたいイースター島博物館は、島から出土したかつての武器、日用品、装飾品などのほかに「モアイの眼」が展示されている。」

「観光の際は、ここを拠点にしますよ。」
「はい。」

「ラパ・ヌイ国立公園の共通入場料は、この村の少し南にあるオロンゴ儀式村、又は島の東部にあるラノ・ララクのいずれかで支払いますよ。」
「そうなんだ。」

「ラノ・ララクと言えば、ラノ・ララクはモアイの製作現場です。「世界ふしぎ発見」でも登場した「 正座するモアイ」 もあります。見れば見るほど正座です。ほかにも、ラノ・ララク山の上から見たトンガリキ の15体のモアイも感動ものです。」

「オロンゴ儀式村と言えば、オロンゴ儀式村は島の南西部にあるラノ・カウ火山の頂上にあります。ハンガロア村から悪路を車で20分ほどで、車を降りると海が迫っています。儀式村は海に面した崖の上にありました。「儀式村」というのは、「鳥人儀式」が行われていたところ。鳥人儀式というのは1500年ころからイースター島で行われていた儀式で、頭が鳥、体が人の鳥人を神として崇拝するもの。」

「この2つが、ラパ・ヌイ国立公園のメインですよ。」
「はい。」

「オロンゴ儀式村は、島の南西にありますよ。」
「はい。」

「飛来する海鳥の最初の卵を持ってくる宗教的な鳥人儀礼が行われていた場所ですよ。」
「そうなんだ。」

「石でできた復元住居跡などもありますよ。」
「はい。」

「しかし、なんといってもラノ・カウ火口湖は圧巻ですよ。」
「そうなんですか。」

「ラノ・カウ火口湖と言えば、ラノ・カウ山の火口湖は、直径1500 メートル、火口縁から水面までの距離は250メートル、水深10メートルと巨大です。」

「直径1600メートル、水深4~5メートルもあり、トトラと呼ばれる植物が火口湖の半分を覆っており、そのすき間に見える青く澄み渡った水がとても神秘的ですよ。」
「そうなんだ。」

「トトラと呼ばれる植物と言えば、ウロス島はトトラと呼ばれる水生植物を積み重ねた浮き島、人口の島です。人口の島と言っても、 学校や教会まであり、350人ほどの人が住んでいる大きな島もあります。数家族しか 済んでいない小さな島もあり、大きさは様々です。」

「ラノ・ララクは、島の東部にありますよ。」
「はい。」

「ラノ・ララクと言えば、ラノ・ララクはモアイの製作現場です。「世界ふしぎ発見」でも登場した「 正座するモアイ」 もあります。見れば見るほど正座です。ほかにも、ラノ・ララク山の上から見たトンガリキ の15体のモアイも感動ものです。」

「ここは、山がまるごとモアイの製造工場跡となっていますよ。」
「はい。」

「島内のモアイのほとんどは、玄武岩や黒曜石の石器を使って、この山から切り出されたものとされていますよ。」
「そうなんだ。」

「黒曜石と言えば、黒曜石(黒耀石)は、火山岩の一種、及びそれを加工した宝石である。岩石名としては黒曜岩という。」

「玄武岩と言えば、玄武岩は、苦鉄質火山岩の一種である。深成岩の斑れい岩に対応する。斑晶は肉眼で見えないほど小さい場合もある。肉眼での色は黒っぽいことが多いが、ものによっては灰色に見えることもあり、また含まれる鉄分の酸化によって赤- 紫色のこともある。」

「製造途中で放棄されたモアイがたくさんあり、モアイの製造過程を学ぶことができますよ。」
「はい。」

「島最大の、21.6メートルのモアイもここにありますよ。」
「そうなんだ。」

「この世界遺産、ラパ・ヌイ国立公園に行く手段は、ラン航空のフライトのみですよ。」
「そうなんですか。」

「ラン航空と言えば、ラン航空とは、チリ共和国首都サンティアゴ・デ・チレを本拠地としている航空会社で、同国のフラッグキャリアである。ラン航空はチリ最大の航空会社で、世界有数の航空連合であるワンワールドの一員である。」

「チリの首都サンティアゴからは、週5便ほど出ていますよ。」
「はい。」

「南米チリの首都サンティアゴと言えば、サンティアゴ・デ・チレ、通称サンティアゴ は、チリ共和国の首都である。チリ中央の盆地に位置し、首都機能を有するが、国会はバルパライソにある。人口は466万8473人。近郊を含む都市的地域の人口は580万人と世界第48位であり、南米有数の世界都市である。」

「1年を通して混みあう為、早めの予約が必要ですよ。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~パラグアイのラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群~

「ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群は、南米パラグアイにある世界遺産ですよ。」
「はい。」

「ヘスース・デ・タバランゲと言えば、ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群は、パラグアイにあるユネスコ世界遺産の登録物件名である。2013年の第37回世界遺産委員会終了時点では、パラグアイ唯一の世界遺産である。パラグアイのイエズス会伝道所群は、17世紀から18世紀に南アメリカ大陸各地に築かれた先住民のキリスト教化のための小規模集落群の一環である。」

「ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナと言えば、ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群は、パラグアイにあるユネスコ世界遺産の登録物件名である。2013年の第37回世界遺産委員会終了時点では、パラグアイ唯一の世界遺産である。パラグアイのイエズス会伝道所群は、17世紀から18世紀に南アメリカ大陸各地に築かれた先住民のキリスト教化のための小規模集落群の一環である。」

「パラグアイと言えば、パラグアイ共和国、通称パラグアイは、南アメリカ中央南部に位置する共和制国家である。東と北東をブラジル、西と北西をボリビア、南と南西をアルゼンチンに囲まれている内陸国である。首都はアスンシオン。」

「首都アスンシオンから、南部の中心都市イタプア県の県庁のあるエンカルナシオン市から、東にエステ市方向に向かい約40キロの地点にありますよ。」
「はい。」

「エステ市と言えば、エステ市は、パラグアイ東部にある都市である。南米の香港ともパラグアイの中のブラジルともイスラム過激派の拠点とも言われているエステ市は、3つの国の国境近くにあり、物流の拠点として活況を呈しています。」

「南部の中心都市イタプア県の県庁のあるエンカルナシオン市と言えば、エンカルナシオン市はパラグアイ南部の農業地帯イタプア県の県庁がある南部の中心都市で、パラナ川に沿って出来た街です。人口は10万人程でエンカルナシオン市街地に は元々高低差があり、下町商店街と上町商店街がありました。」

「パラグアイの首都アスンシオンと言えば、アスンシオンは、パラグアイ共和国の首都である。人口は85万人ほどで周辺の都市とともにアスンシオン都市圏を形成する。名前は「聖母の被昇天に由来する。アメリカ合衆国の首都のワシントンD.C.などと同じく、アスンシオンはパラグアイのどの州にも属さない特別区になっている。高度は約53m。」

「観光資源の乏しいパラグアイ唯一の世界遺産ですよ。」
「そうなんですか。」

「パラグアイの歴史を紐解くと、大航海時代にスペイン人が到来する前までは、穏やかな性格が特徴の先住民、インディオ・グアラニー人が住んでいたようですよ。」
「はい。」

「先住民インディオ・グアラニー人と言えば、グアラニー族とは、アメリカ州の先住民族の一つで、主にパラナ川からパラグアイ川にかけてのラ・プラタ地域(現在の地域でアルゼンチン、ボリビア東部、パラグアイ、ウルグアイ)と、ブラジルに住んでいたが、純粋な民族としてはほとんど絶滅し、グアラニー語を話せる者の多くはメスティーソ(白人とラテンアメリカの先住民(インディオ)の混血)になっている。」

「インディオ・グアラニー人は、意外にも、インカ帝国に匹敵するほど広い領土を持っていたと言いますよ。」
「はい。」

「インカ帝国と言えば、インカ帝国は、南アメリカのペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュアが作った国である。前身となるクスコ王国は13世紀に成立し、1438年のパチャクテク即位による国家としての再編を経て、1533年にスペイン人のコンキスタドールに滅ぼされるまで続いた。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ、現在のチリ北部から中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部にまで広がっていた。首都はクスコ。」

「先住民インディオ・グアラニー人と言えば、グアラニー族とは、アメリカ州の先住民族の一つで、主にパラナ川からパラグアイ川にかけてのラ・プラタ地域(現在の地域でアルゼンチン、ボリビア東部、パラグアイ、ウルグアイ)と、ブラジルに住んでいたが、純粋な民族としてはほとんど絶滅し、グアラニー語を話せる者の多くはメスティーソ(白人とラテンアメリカの先住民(インディオ)の混血)になっている。」

「戦争を好まず、話し合いで領土を広げていったようですよ。」
「そうなんだ。」

「スペイン人到来後、17~18世紀にはイエズス会の宣教師が訪れましたよ。」
「はい。」

「キリスト教の布教を行う為の多くの伝道所を造りつつ、先住民、インディオ・グアラニー人との共存を図りましたよ。」
「はい。」

「しかし、スペイン政府が、政府の統治が及ばないことを不満に思い、イエズス会の排除にかかりましたよ。」
「そうなんですか。」

「造った建物のほとんどを破壊して、イエズス会を追い出してしまいましたよ。」
「はい。」

「現在では、最大級だったトリニダー教会を可能な限り修復して、今日の世界遺産として保存されていますよ。」
「はい。」

「トリニダー教会と言えば、スペイン人到来後、改教を目的にこの地に楽園を築こうとしたイエズス会が訪れて、各地に町を作り、切磋琢磨しながらグアラニー族との共存を図りました。しかし、自分達の統治が及ばないことに腹を立てたスペイン政府がイエズス会を追い出しさらに建物のほとんどを破壊してしまったため、イエズス会が目指した理想郷はなくなり最大級だったトリニダー教会を可能な限り修復して今日現在 世界遺産として保存されています。」

「ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群には、そんなイエズス会の悲しい歴史が刻まれていますよ。」
「そうなんだ。」

「遺跡内の発掘、整備は進んでおり、広大な敷地の中に当時の建物が点在していますよ。」
「はい。」

「主な見所は、最も大きな建造物である大聖堂(Iglesia Principal) ですね。」
「はい。」

「残念ながら、屋根は破壊されてしまいましたよ。」
「そうなんだ。」

「しかし、それがかえって当時への想像を掻き立て、ロマンを感じさせますね。」
「はい。」

「展望台(Observatorio)は、かつては「10キロメートル先にあるもうひとつの村も見渡せた」と言われたものでしたよ。」
「はい。」

「敵の侵入を見張るための設備だったようで、当時の緊迫感を十分に想像出来ますよ。」
「はい。」

「その中央には大きな教会があり、それを囲んで様々な建物がありますよ。」
「そうなんだ。」

「教会はかなり破壊されてしまっており、前述の大聖堂と同様、天井等がありませんよ。」
「はい。」

「しかし、厳かな雰囲気は失われておらず、感じ入るものがありますよ。」
「そうなんだ。」

「この世界遺産、ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群に行くには、エンカルナシオンから頻繁に出ているエステ方面へのバスに乗り、1時間くらいで行くことが出来ますよ。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~ボリビアの古都スクレ~

「ボリビアの憲法上の首都スクレは、世界遺産であるポトシ市街から約165キロメートル、事実上の首都ラパスからは、約400キロメートルに位置する世界遺産ですよ。」
「はい。」

「ボリビアの事実上の首都ラパスと言えば、ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・パス市、通称ラパスは、ボリビア多民族国の首都である。憲法上の首都はスクレであるが、ラパスは行政・立法府のある事実上の首都である。これは、1825年の独立以来首都であったスクレを基盤にしていた保守党政権を、1899年の「連邦革命」によってラパスを拠点とした自由党が打倒し、議会と政府をスクレからラパスに遷したからである。なお、2006年現在も最高裁判所はスクレに存在する。」

「ボリビアの憲法上の首都スクレ(ラ・プラタ市と呼ばれていました)と言えば、ボリビア中部に位置する都市で、チュキサカ州の主都である。人口14万4994(1993)、標高2600m。ラ・プラタ、チュキサカ、チャルカスの名で呼ばれたが、1839年から初代大統領にちなんで現在名となった。ボリビア共和国の憲法上の首都で、最高裁判所があるが、他の政治・行政機関は1900年以降ラ・パスに移された。1825年のボリビア独立宣言はここで行われた。気候は温暖で、1538年に建設され、植民地時代は繁栄したが、今は当時の古い建物を多く残した静かな都市である。」

「ポトシと言えば、ポトシは、ボリビアの南部にある都市である。ポトシ県の行政府所在地。ボリビアの首都ラパスから南東に約 440 km に位置する。アンデス山脈中の盆地にあり、標高約 4,000 m。人が住む都市としては、世界最高地点である。乾燥気候であるために植生には乏しい。」

「ボリビアと言えば、ボリビア多民族国、通称ボリビアは、南アメリカの共和制国家である。国の面積はアメリカ大陸では8番目に、世界的には27番目に大きい国である。かつてはより広大な国土面積を有し太平洋沿岸部にも領土があったが、周辺国との戦争に負け続けたために現在では最大時の半分ほどになってしまった。北と東をブラジル、南をアルゼンチン、南東をパラグアイ、南西をチリ、北西をペルーに囲まれた内陸国である。憲法上の首都はスクレだが、議会をはじめとした政府主要機関はラパスにある。」

「この古都スクレは、標高約2750メートルに位置し、人口約21万5000人ですよ。」
「標高が高いですね。」

「1545年に、ポトシに銀山が発見されたことを機に、スペイン人入植者によって造られましたよ。」
「はい。」

「当時は、ラ・プラタ市と呼ばれていましたよ。」
「はい。」

「過ごしやすい気候が手伝って、次第に行政上の重要な土地となっていきましたよ。」
「そうなんだ。」

「1825年2月9日には、この地で独立宣言が行われましたよ。」
「はい。」

「英雄シモン・ボリーバルの名前から国名をボリビアとし、初代大統領ホセ・デ・スクレの名前をとって、この街をスクレと名付けましたよ。」
「そうなんですか。」

「初代大統領ホセ・デ・スクレと言えば、アントニオ・ホセ・デ・スクレ(1795年2月3日- 1830年6月4日)は南アメリカの諸国をスペインから独立に導いた軍人、政治家である。第二代(初代はシモン・ボリバルが名目的な立場のみだったので事実上の初代)、ボリビア大統領。シモン・ボリバル(シモン・ボリーバルとも)の部下で良き理解者としても知られる。」

「英雄シモン・ボリーバルと言えば、シモン・ボリバル(シモン・ホセ・アントニオ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ボリバル・イ・パラシオス、1783年7月24日- 1830年12月17日)は、南米大陸のアンデス5ヵ国をスペインから独立に導き、統一したコロンビア共和国を打ちたてようとした革命家、軍人、政治家、思想家である。日本語ではシモン・ボリーバルと表記されることも多い。」

「植民地時代に銀のもたらした財力をつぎ込み建てられた建築物は、今も街のあちこちに白くまばゆく輝いていますよ。」
「はい。」

「温暖な気候も手伝って、スペインを彷彿としますよ。」
「はい。」

「古都スクレでは、建物を白く塗ることが条例で義務付けられていますよ。」
「そうなんですか。」

「この美しさから、1991年に世界遺産として登録されましたよ。」
「はい。」

「現在、最高裁判所以外の政府の諸機関はラパスに移されていますよ。」
「はい。」

「かつての活気を失いつつありますが、昔の面影を残したままの美しい町並みを保っていますよ。」
「そうなんだ。」

「5月25日広場を中心に、町の至るところに古い教会が建っていますよ。」
「はい。」

「一方で、ボリビア独立後に建てられた白壁の官公庁もありますよ。」
「はい。」

「新旧さまざまな建築様式が、古都スクレの変遷をそのまま物語っていますよ。」
「そうなんですか。」

「一番の見所は、ボリビア独立の歴史を刻む自由の家ですね。」
「そうなんだ。」

「ボリビア独立の歴史を刻む「自由の家」と言えば、町の中心は広場と自由の家です。ここは、独立宣言文の調印が行われた場所でもあり、その後幾度と無く起きたクーデターの舞台となった歴史を刻む建物です。」

「自由の家は、1825年、スペインからの独立宣言文の調印が行われた場所ですよ。」
「はい。」

「幾度と無く、クーデターの舞台ともなっていますよ。」
「そうなんですか。」

「古都スクレにとって、そして現代ボリビアにとって歴史的に大変意義のある場所ですよ。」
「はい。」

「一刀彫りされた重さ4トンもある英雄シモン・ボリーバルの像等の展示物も大変充実していますよ。」
「はい。」

「その他の建築物としては、スクレでは最古の教会であるサン・ラサロ教会、高台に位置していて市内の展望が楽しめるラ・レコレータ修道院、ロココ調建築のサン・フェリペ教会・修道院などがあり、見逃せませんよ。」
「そうなんですか。」

「ロココ調建築のサン・フェリペ教会・修道院と言えば、 サン・フェリペ教会・修道院は、1795年の建立で、パティオ(中庭)をとり囲むように回廊が巡る大聖堂である。もとはすべて自然石で造られたが、現在塔の部分は漆喰で塗られている。」

「高台に位置していて市内の展望が楽しめるラ・レコレータ修道院と言えば、スクレ市街の南東の高台にあるラ・レコレータ修道院は、1549年にフランシスコ 修道会によって建てられた修道院で、美しいパティオ(中庭)を持っている。修道院前の広場の向こう側にはスクレ市街を一望する展望台がある。」

「スクレで最古の教会であるサン・ラサロ教会と言えば、サン・ラサロ教会は、1544年に建てられました。スクレで最も古教会として知られています。」

「これらの見所は歩いて回れる距離にあり、観光は1日あれば充分ですよ。」
「はい。」

「この世界遺産・古都スクレに行く手段は、ボリビアの首都ラパスからのフライトですよ。」
「はい。」

「1日3便ほどあり、所要時間は30~40分ですよ。」
「そうなんだ。」

「長距離バスも運行しており、こちらはほとんどが夜行便ですよ。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~ボリビアのノエル・ケンプ・メルカード国立公園~

「ボリビアのサンタクルス州にあるノエル・ケンプ・メルカード国立公園は、ボリビア唯一の世界自然遺産ですよ。」
「はい。」

「ノエル・ケンプ・メルカード国立公園(以前はウアンチャカ国立公園と呼ばれていました)と言えば、ノエル・ケンプ・メルカード国立公園は、ボリビアのサンタ・クルス県にある国立公園である。2000年にユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録された。この国立公園は1979年6月28日に設定された。当初はウアンチャーカ国立公園だったが、後にこの公園での調査・研究に尽力した学者ノエル・ケンプ・メルカードを記念して、現在の名称に成った。この国立公園は、ボリビアのサンタ・クルス県北東部の国境付近にあり、ブラジルのロンドニア州とマットグロッソ州に接している。サンタ・クルス県の県都サンタ・クルス・デ・ラ・シエラからは600kmのところにある。」

「ボリビアのサンタクルス州と言えば、サンタ・クルス州はボリビア東部に位置し、ブラジル・パラグアイ・アルザンチンと国境を接し、ボリビア国内で最も大きな州である。州都はサンタ・クルス市。」

「ボリビアと言えば、ボリビア多民族国、通称ボリビアは、南アメリカの共和制国家である。国の面積はアメリカ大陸では8番目に、世界的には27番目に大きい国である。かつてはより広大な国土面積を有し太平洋沿岸部にも領土があったが、周辺国との戦争に負け続けたために現在では最大時の半分ほどになってしまった。北と東をブラジル、南をアルゼンチン、南東をパラグアイ、南西をチリ、北西をペルーに囲まれた内陸国である。憲法上の首都はスクレだが、議会をはじめとした政府主要機関はラパスにある。」

「サンタ・クルス州は、戦後日本人と最も密接な関係を持っている州で、日本人移住地もありますよ。」
「そうなんですか。」

「ノエル・ケンプ・メルカード国立公園は、以前はウアンチャカ国立公園と呼ばれていましたよ。」
「はい。」

「この地の調査・研究に尽力した学者ノエル・ケンプ・メルカードにちなんで、現在の名称になりましたよ。」
「そうなんだ。」

「学者ノエル・ケンプ・メルカードと言えば、ノエル・ケンプ・メルカードは、ノエル・ケンプ・メルカード国立公園での調査・研究に尽力した学者である。」

「この世界遺産は、ブラジルに隣接していますよ。」
「はい。」

「アマゾン川流域最大級(敷地面積は岩手県位の大きさ)の自然が、手つかずの状態で残っていますよ。」
「はい。」

「アマゾン川と言えば、アマゾン川は南米のブラジルとその周辺国の熱帯雨林(アマゾン熱帯雨林)を流れ、大西洋に注ぐ世界最大の河川である。数多くの巨大な支流を持ち、アマゾン川という名称はそれらの総称として用いられている。」

「大小様々な湖があり、カパルチ盆地から発するパウセルナ川とベルデ川が合流する地域に、ファウセット、フェデリコ・アールフェルド、アルコ・イリスなどいくつかの滝がありますよ。」
「そうなんだ。」

「アルコ・イリスと言えば、パウセルナ川とベルデ川はカパルチ盆地から発し、ファウセット、フェデリコ・アルフェルド、アルコ・イリスなどの各滝を形成している。特にアルコ・イリスの高さは80mある。」

「フェデリコ・アールフェルドと言えば、パウセルナ川とベルデ川はカパルチ盆地から発し、ファウセット、フェデリコ・アルフェルド、アルコ・イリスなどの各滝を形成している。」

「ファウセットと言えば、パウセルナ川とベルデ川はカパルチ盆地から発し、ファウセット、フェデリコ・アルフェルド、アルコ・イリスなどの各滝を形成している。」

「ベルデ川と言えば、ノエル・ケンプ・メルカード国立公園内で最も重要な流域は、パウセルナ川とベルデ川が合流するイテネス川(グアポレ川とも)の流域である。」

「パウセルナ川と言えば、ノエル・ケンプ・メルカード国立公園内で最も重要な流域は、パウセルナ川とベルデ川が合流するイテネス川(グアポレ川とも)の流域である。」

「カパルチ盆地と言えば、ノエル・ケンプ・メルカード国立公園内で最も重要な流域は、パウセルナ川とベルデ川が合流するイテネス川(グアポレ川とも)の流域である。パウセルナ川とベルデ川はカパルチ盆地から発し、ファウセット、フェデリコ・アルフェルド、アルコ・イリスなどの各滝を形成している。これらの滝は壮観なもので、特にアルコ・イリスの高さは80mある。」

「中でも、アルコ・イリスの滝は80メートルもあり、壮観ですよ。」
「いいですね。」

「アルコ・イリスと言えば、パウセルナ川とベルデ川はカパルチ盆地から発し、ファウセット、フェデリコ・アルフェルド、アルコ・イリスなどの各滝を形成している。特にアルコ・イリスの高さは80mある。」

「年平均気温が 25~26℃という温暖さも手伝って、この世界遺産は動植物の宝庫となっていますよ。」
「そうなんですか。」

「特筆すべき点として、海抜200メートルから1000メートル近くまでという大きな標高差によって、サバンナと森林地帯から、高地アマゾンの常緑樹林帯まで、幅広い動植物の生息分布が豊富に見られますよ。」
「そうなんだ。」

「ここに生息する植物は、4000種、鳥類が617種、哺乳類が139種、爬虫類は74種、両生類は62種、魚類は250種以上、無脊椎動物は347種以上と言われていますよ。」
「種類が多いですね。」

「現在もまだまだ探査が行われており、どんどん増えていくと予想されていますよ。」
「はい。」

「なお、この中には、世界的に絶滅の危機にさらされているものも多く含まれていますよ。」
「そうなんですか。」

「具体的には、植物については、パイナップル科、オウムバナ科、サトイモ科、ラン科、ヤシなどの多くの種が幅広く成育していますよ。」
「はい。」

「鳥類については、アメリカチョウゲンボウ、アオサギ、ルリコンゴウインコ、ズグロハゲコウ、アカハシリュウキュウガモ等が生息していますよ。」
「はい。」

「アカハシリュウキュウガモと言えば、アカハシリュウキュウガモは、カモ目カモ科に分類される鳥類の一種である。中央アメリカから南アメリカ中北部にかけて分布する。」

「ズグロハゲコウと言えば、ズグロハゲコウとはコウノトリ目コウノトリ科に分類される鳥類の一種である。別名ズグロコウ。南北アメリカの熱帯地域(メキシコ南部からウルグアイ、アルゼンチン北部まで)に分布する。」

「ルリコンゴウインコと言えば、ルリコンゴウインコは、コンゴウインコ属に分類される鳥類の一種である。南アメリカ大陸のパナマ南部からブラジル、ボリビア、パラグアイとトリニダードにいたる沼沢性熱帯雨林に生息する。」

「アオサギと言えば、アオサギは、動物界脊椎動物門鳥網コウノトリ目サギ科アオサギ属に分類される鳥類である。アオサギは、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、イギリス、インドネシア西部、日本、フィリピン北部、マダガスカルに分布している。」

「アメリカチョウゲンボウと言えば、アメリカチョウゲンボウは、鳥網ハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属に分類される鳥である。北アメリカ大陸、南アメリカ大陸に分布している。」

「一時的な渡り鳥も含めると、もっと多種になると言われており、29種もの絶滅危惧種が確認されていますよ。」
「そうなんだ。」

「哺乳類については、ピューマ、ジャガー、クモザル等が生息しており、特に絶滅危惧種の33種の哺乳類を保護していますよ。」
「はい。」

「クモザルと言えば、クモザルは、霊長目オマキザル科クモザル属に属する比較的大型の新世界ザルの総称である。手足が細長く、尾も長くて器用で把握能力に富んでおり、それらがクモの脚を思わせるのでクモザルと呼ばれる。クロクモザル、ケナガクモザル、チャアタマクモザル、チュウベイクモザルの4種が区別され,中央アメリカから、東部と南部を除く南アメリカにわたって広く分布する。」

「ジャガーと言えば、ジャガーは、哺乳網食肉目ネコ科ヒョウ属に分類される食肉類である。古代中米では「雨の神」とされた。北アメリカ大陸南部、南アメリカ大陸に分布している。」

「ピューマと言えば、ピューマは、南アメリカ大陸のほぼ全域と北アメリカ大陸の広域に生息する、ネコ目(食肉目)- ネコ科の大型肉食性哺乳類の一種(1種)である。ネコ亜科- ピューマ属2種中の1種。」

「爬虫類については、カスカベルガラガラヘビ、イグアナ等が生息していますよ。」
「はい。」

「イグアナと言えば、イグアナは、ペットとしても人気のあるイグアナ科に属するトカゲ類の総称である。約55属650種に及ぶ大きなグループで、2属がマダガスカル島、1属がポリネシアに生息する以外はすべてアメリカ大陸に分布する。頭頂部や背中線上にたてがみ状の飾りうろこ、のどには飾りひだをもつものが多い。他のトカゲ類よりも四肢も指も発達している。尾は発達しているが、切断すると再生はしない。樹上性または地上性でさまざまな環境にすみつき、砂漠地帯にも分布している。」

「最近の研究で、ボリビアでの新種となる7種も確認されていますよ。」
「そうなんだ。」

「両生類・魚類・無脊椎動物については、あまり研究が進んでおらず、今後の調査が期待されていますよ。」
「わかりました。」





南米の世界遺産やチリ・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア~ボリビアのポトシ市街~

「ポトシ市街は、ボリビアの南部にある都市ですよ。」
「はい。」

「ポトシと言えば、ポトシは、ボリビアの南部にある都市である。ポトシ県の行政府所在地。ボリビアの首都ラパスから南東に約 440 km に位置する。アンデス山脈中の盆地にあり、標高約 4,000 m。人が住む都市としては、世界最高地点である。乾燥気候であるために植生には乏しい。」

「ボリビアと言えば、ボリビア多民族国、通称ボリビアは、南アメリカの共和制国家である。国の面積はアメリカ大陸では8番目に、世界的には27番目に大きい国である。かつてはより広大な国土面積を有し太平洋沿岸部にも領土があったが、周辺国との戦争に負け続けたために現在では最大時の半分ほどになってしまった。北と東をブラジル、南をアルゼンチン、南東をパラグアイ、南西をチリ、北西をペルーに囲まれた内陸国である。憲法上の首都はスクレだが、議会をはじめとした政府主要機関はラパスにある。」

「アンデス山中の赤茶けた山々に囲まれてひっそりと佇むこの町は、鉱脈とともに栄枯盛衰をたどりましたよ。」
「はい。」

「まず1545年、ポトシ山に大銀脈が発見され、その後もスズ、タングステンが続々と発見され、「富の山セロ・リコ」と呼ばれましたよ。」
「そうなんですか。」

「ポトシ山と言えば、ワイナ・ポトシは、ボリビア・アンデスのレアル山群(英語版)にある山である。標高6,088m。ボリビアの事実上の首都ラパスの真北、約20kmに位置する。しかし、ラパスの中心街は谷底であるため、斜面の陰に入ってしまい、直接に見ることはできない。ラパスから谷間を登り切った平原に位置するエル・アルト(国際空港のある近郊都市)からは、すぐ目の前にこの山を見ることができる。」

「沢山のスペイン人が押しかけて、町は一時的に大繁栄しましたよ。」
「はい。」

「銀鉱脈が尽きると同時にスペイン人は去り、後には枯れ果てた町だけが残りましたよ。」
「はい。」

「しかし、20世紀初頭に再び鉱山の地下資源が見直され、現在は活気を取り戻していますよ。」
「そうなんだ。」

「この町のシンボルセロ・リコ銀山が、他の構造物と共に「ポトシ市街」として世界遺産に登録されましたよ。」
「はい。」

「セロ・リコ銀山(富の山セロ・リコ)と言えば、スペイン人たちは、ボリビアでポトシ、ポルコ、コルケチャカ、サン・ホセ、マチャカマルカ等の銀山を開発していきました。これら銀山のなかで、1545年に発見されたセロ・リコは最も規模が大きく、最も有名です。ポトシ銀山は正式な名前でなく、セロリコ(宝の山の意)と呼ばれます。現在でも採掘は続いていますが、銀よりも錫やアンチモンが主体であるようです。」

「奴隷制度の象徴として、負の世界遺産にも数えられていますよ。」
「そうなんですか。」

「南米の中で、植民地時代の面影を最も色濃く残す街のひとつが、ポトシ市街と言われていますよ。」
「はい。」

「色とりどりの華やかさはありませんよ。」
「はい。」

「石畳の狭い通り、家紋を彫り込んだコロニアルな建物、バロック建築の教会など、ボリビアに溶け込んだスペイン文化を目のあたりにすることができる世界遺産ですよ。」
「そうなんだ。」

「バロック建築と言えば、バロック建築は、1590年頃から盛んになった建築様式である。建築そのものだけではなく、彫刻や絵画を含めた様々な芸術活動によって空間を構成し、複雑さや多様性を示すことを特徴とする。特に内部空間の複雑な構成は、他の建築様式とは際立った特色となっている。」

「鉱物の色をした山に囲まれたポトシ市街には、アドベと呼ばれる日干しレンガと瓦屋根の家が立ち並んでいますよ。」
「はい。」

「アドベと呼ばれる日干しレンガと言えば、アドベまたはアドービ(英語発音)とは、砂、砂質粘土とわらまたは他の有機素材で構成された天然建材である。これらの有機素材を木製の型枠を使って日なたで干すことでレンガの形にして使われ、ヨーロッパのコブや日干しレンガによく似ている。アドベの構築物は非常に耐久性に富み、地球上に現存している最古の建築物によく使われている。」

「主な見所は、植民地時代の旧国立造幣局、博物館となっているサンタ・テレサ聖堂・修道院、サン・フランシスコ教会・修道院、バロック様式のサン・ロレンソ教会などですよ。」
「いろいろありますね。」

「サン・ロレンソ教会と言えば、サン・ロレンソ教会は、1728年に建てられました。 扉口の彫刻が見事です。」

「バロック様式と言えば、バロック様式は、16世紀から18世紀初頭にかけてヨーロッパ各国に広まった美術・建築・文化の様式である。曲線や楕円が多く用いられ、豪華な装飾が特徴。建築では、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂やフランスのベルサイユ宮殿が代表的。」

「サン・フランシスコ教会・修道院と言えば、サン・フランシスコ教会・修道院は、教会と修道院が隣接して建つ。1547年に建てられ、1707年に修復されたポトシで一番古い教会である。花崗岩で造られた建物の上にレンガの大きなドームがのった堂々たる外観だ。今でも市民の信仰は厚く、訪れる人は絶えない。教会内は博物館になっていて、屋上からは、町を一望にすることができる。」

「博物館となっているサンタ・テレサ聖堂・修道院と言えば、サンタ・テレサ聖堂・修道院は、17世紀の面影をそのまま残す修道院である。大きく立派な外観から、鉱山の町として栄えていたころのポトシが思い浮かべられる。現在は修道院としての機能は果たしておらず、一部が博物館として保存されている。植民地時代の宗教画をはじめとした芸術品が見事である。」

「カストロの中央広場に面して建つ「サン・フランシスコ教会」と言えば、サン・ フランシスコ教会は、サンティアゴ市の旧市街地に建つ暗赤色の教会で、チリで保存されているもののうちで最も古い歴史的意義の深い教会である。フランシスコ会派の教会で、修道院も併設されていた。内部は極めてシンプルな作りで、聖人フランシスコを題材とした宗教画などが展示されている。」

「いずれも歩いて回れる範囲にありますよ。」
「はい。」

「特に、サン・フランシスコ教会・修道院の屋上からは、ポトシ市街を一望することができますよ。」
「はい。」

「サン・フランシスコ教会・修道院と言えば、サン・フランシスコ教会・修道院は、教会と修道院が隣接して建つ。1547年に建てられ、1707年に修復されたポトシで一番古い教会である。花崗岩で造られた建物の上にレンガの大きなドームがのった堂々たる外観だ。今でも市民の信仰は厚く、訪れる人は絶えない。教会内は博物館になっていて、屋上からは、町を一望にすることができる。」

「カストロの中央広場に面して建つ「サン・フランシスコ教会」と言えば、サン・ フランシスコ教会は、サンティアゴ市の旧市街地に建つ暗赤色の教会で、チリで保存されているもののうちで最も古い歴史的意義の深い教会である。フランシスコ会派の教会で、修道院も併設されていた。内部は極めてシンプルな作りで、聖人フランシスコを題材とした宗教画などが展示されている。」

「街全体の雰囲気をつかむことができますよ。」
「そうなんだ。」

「街の中心は11月10日広場で、レストランもこのあたりに多いですよ。」
「はい。」

「ポトシ市街に繁栄をもたらしたセロ・リコ銀山は、ポトシ市街から、「コレクティーボ」と呼ばれる乗り合いタクシーで約20分の所にありますよ。」
「はい。」

「「コレクティーボ」と呼ばれる乗り合いタクシーと言えば、ボリビアに入ると、道路は「 コレクティーボ」と呼ばれるトヨタの古いハイエースなどを利用した乗り合い自動車だらけである。」

「この鉱山ツアーはかなりハードで、服も汚れますよ。」
「そうなんだ。」

「旅行会社から長靴を借り、ヘルメットをかぶり懐中電灯を持ち、頭を低くして歩きますよ。」
「はい。」

「鉱物のにおいもあり、臨場感たっぷりの貴重な体験ができますよ。」
「はい。」

「それなりの心の準備も必要ですよ。」
「そうなんだ。」

「この世界遺産・ポトシ市街に行く手段は、ボリビアの首都ラパスから長距離バスが10社以上運行していますよ。」
「はい。」

「ボリビアの事実上の首都ラパスと言えば、ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・パス市、通称ラパスは、ボリビア多民族国の首都である。憲法上の首都はスクレであるが、ラパスは行政・立法府のある事実上の首都である。これは、1825年の独立以来首都であったスクレを基盤にしていた保守党政権を、1899年の「連邦革命」によってラパスを拠点とした自由党が打倒し、議会と政府をスクレからラパスに遷したからである。なお、2006年現在も最高裁判所はスクレに存在する。」

「しかし、いずれも夜行ですよ。」
「そうなんですか。」

「注意したい点として、ポトシ市街は標高4070メートルで、富士山頂よりも標高が高く、人が住む都市としても世界最高地点ですよ。」
「そうなんだ。」

「そのため、訪れる際は高山病に注意する必要がありますよ。」
「わかりました。」

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